Privately Beautiful Items - 麗しの160cmドール

ドレスアップしたクッションドールと私が美しいと思うものたち。画像の無断使用はお断りしています。

ドールに関する覚書 memorandum about my dolls

Iris: a doll in the atelier

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いつものとおり、西の窓辺での撮影。

それでも先日、小磯良平美術館中庭のアトリエに座っていた

アンティーク・ドールのことが思い出され、

この子もまた高い天井の一室に居るように思えてきます。

あの人形が哀しそうに見えたわけではなく、

不気味だったわけでもありません。

何が引っかかっているのか自分でも解らなくて、

いつまでも頭から離れません。

(続き)

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リアルな人形に対して、嫌悪を感じる人がいるのは

それぞれの捉え方であって、仕方がないと考えます。

世間一般の感覚では、恐怖映画の小道具か、そうでなければ

単なる慰み物。

リアルな人形に対して向けられることが多い

怖れや訳知り顔の野卑な眼差しには、

慣れることがありません。

この子のように硬い表情で、笑顔を見せない子は

幸せなイメージからも遠いのでしょうか。

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映画「鉄道員(ぽっぽや)」に登場する

「雪子」の人形を思い出しています。

与勇輝氏が作る人形も、生きているような雰囲気を持っていますが、

どこか切なく、

登場人物にとっては、決して悲しみだけではない

幸せなときの記憶も併せ持つものとして扱われています。

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頂き物の美しい布をショールのようにして

西日を浴びているこの子にも

愉しい記憶を残したいと考えています。

人形は皆、作者の許にいた時間よりも

私と共に過ごす時間の方が遥かに長いのですから…。

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人形を大切にするということは

どこかに仕舞い込んでしまうことではなく、

共に時間を過ごすことなのではないか。

またそんなことを思い始めています。