麗しの160cmドール

ドレスアップしたクッションドールと私が美しいと思うものたち。画像の無断使用はお断りしています。

ドールに関する覚書 memorandum about my dolls

Haruhi: silence

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修理から帰ってきた4WOODSのHaruhiさん。

新しいジョイント機構は、首底を切開しただけで、内部設置が完了。

表面上は、どこにも傷跡が残らず、

カチッという心地良い音がして、ボディに収まりました。

久しぶりに対面した所為か、下睫毛が短くなったようにも感じられ、

慌てて古い画像で確かめたりしましたが…

私のHaruhiさんはメイク1、もしくはナチュラルの指定でした。

化粧っ気のない女の子_という希望だったように思います。

(続き)

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半袖、前開きファスナーのセーラー服を着せてみたのは

最近の私の流れから…。

これまでいろんな子に着せたものですが、スカーフを黒にしてみたのは

今回が初めてのような気がします。

ワイアートギャラリーで見た「水月観音」のことを考えていたので

色数の少ない静かな画面にしたかったのかもしれません。

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リアルな等身大ドールを普段見慣れていない人の目には、

あの「水月観音」は、どんなふうに映るのでしょうか?

長い黒髪、瓔珞のようなネックレス、黒いテディとストッキング…

それら全部含めて、

彫刻作品のように捉えるのでしょうか?

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大きくても小さくても、立体作品には触れてみて初めて分かるような

魅力が存在します。

あの「水月観音」に触れることができるのは、

そして、作品の本当の美しさを知るのは、そば近くで眺めることのできる

オーナー以外にはないのでしょう。…

ここまで書いて、田島享央己氏の『Forgetful』思い出しました。

http://apaleovalinthewi02.hatenablog.com/entry/2016/10/22/154508

京都市立美術館で見たとき、広い展示空間には

係員の姿はなく、さまざまな種類の彫刻作品と一緒に、無造作に置かれていました。

撮影可だったので、カメラをかざしながら、すぐ傍に寄ったり、背中に回ったり、

そんなことをしながらも、

誰も触れたりしないのか不思議に思いました。

今回新制作展に出品される『Almost Blue』は、ブログを読むと

前作同様撮影可、SNSでの拡散希望でありながら

デリケートな作りですので絶対に触れないでください。」の注意書きが…。

心配したとおり、刃物の跡が残る木彫像に触る人がいた_ということなのでしょう。

ワイアートギャラリーは狭い空間で、誰もいないということは

考えられませんが、「水月観音」も「少年の人形Ⅱ」も「裸足の少女」も

触ろうと考える人間なら、間違いを犯しかねない距離の展示でした。

昨年の「黒いドレスの少女」は、夫婦箱の中、

透明のアクリル板にも守られていたというのに…。

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リアルな等身大ドールに違和感を感じる人にとって、

生き人形という呼称は、便利な言葉なのかもしれません。

漠然と感じる居心地の悪さを

なんとなく解消してくれる_

そう思うのは、私の勝手な想像に過ぎないのでしょうが…。